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先日キャンプに行った。 場所は奥多摩方面のとある山中。 昨年末にある舞台美術家の方から餅つき大会に誘われたのだが、それが行われたのがちょうどその方面だった。今回奥多摩を目指したのも、かつては紡績工場だったというその舞台美術家の木造のアトリエと、あたりをこんもりと囲う山並みのコントラストが素晴らしく、あわよくばぼくも似たような物件を、いやその方面に移住先を捜してようか、という気分がふつふつと沸いてきたのだ。 とはいえ、そう思いついたのは仕事が一段落した午後も2時過ぎのこと。思い立ったが吉日とテントやら寝袋やらを車に放り込み都心を離れたのが15時過ぎ。現地に着く頃には陽もすっかりと傾き、見上げる山稜も薄明の空に刻々と沈んでゆくばかり。 そこで物件探しは早々に切り上げることにして、もうひとつの目的へと移行することにした。 焚火である。 つまり都心部においてはすっかり葬り去られたかにみえる焚火というものを、この山中で思う存分に堪能しようと思ったのだ(厳密には裸火を焚くことは日本全国どこでも条例違反にあたるのかもしれないけれど)。 林道を行きつ戻りつしつつ、沢沿いに適当な空き地を見つけてテントを張った。 ちなみに最近はキャンプといえばキャンプ場での寝泊まりを指し、それ以外での寝泊まりについてはテントの有無を問わず野宿と呼ぶのが一般的らしい。それにならえば、今回の野営も野宿ということになるのだろう。けれども、雨露がしのげる野宿というのもぼくの感覚ではいまいちしっくりとこない。 つまり野宿という言葉には、青春18切符で帰京のおりに乗り継ぎに失敗して、終電が去ったのちの岐阜は大垣駅前の路上で途方にくれて眠ったり、あるいは、インドの片田舎で菩提樹の根元に眠っていて、猛烈な臭気に目を覚ますと鼻先1メートルのところに雄牛の尻と湯気だつ牛糞がほっこり鎮座していたりと、無防備であるがゆえのトホホ感がどうしてもつきまとってしまうからだ。 そんなこもごもの想いを抱きつつ、枯れ木を集め、火を熾す。 最近の乾燥した気候も手伝って薪はすぐに燃え立ってくれた。 調子にのって次々にくべてゆくと、威勢のいい火焔音とともに、火勢が一気に増して思わずたじろいでしまうほどだ。やがて火床が熾きにおおわれ、太めの薪も均質に燃えはじめると、火の粉もおさまり炎の形が安定してくる。その頃には火焔の音もおさまって、薪の爆ぜる音がときおりあたりを震わせるだけになる。 静寂が澄み渡ってゆき、しだいに時間の感覚が薄れてゆく。 忘我状態とでもいおうか、心身が不思議な安らぎに包み込まれる至福のときだ。 降り積もった落ち葉の上に横になり本を読んだ。 今回は年末の大掃除のときに破棄しようと思った本を十冊ほど持参していた。 どれも古本屋で買入を断られた傷みの激しい本たちだ。ページを適当に繰りながら、興がのれば読み進み、そうでなければ火にくべていった。紙面に綴られた何万何十万の言葉の群れが、一瞬にして灰に帰してゆく。著者の労力を思うと胸が痛まないでもないが、言葉なんてその程度の儚さがちょうどいいのかもしれないと思う。 19時頃に火を熾し、食事をとり、珈琲を飲んだ。 それから月を見上げ、星を数え、無念無想の境地に遊び、本を読み、薪をくべ、つまみを食べ、珈琲を飲み、せせらぎに耳を澄まし、背後の風音におののき、大きく深呼吸などをしていると、時刻は午前1時を回っていた。 その頃にはさすがに集めた薪もすべて燃え尽きようとしていた。 やがて火勢が弱まり、熾きがチロチロと明滅するだけになると、逆にあたりの静けさが生気をはらんでゆくような気がした。 なぜだかとても清々しい気分だった。死するということは現実を超えてゆくものなのだなぁ、と改めて思った。 翌朝は6時前に目を覚まし、簡単な朝食を食べた後に帰路についた。午後から人に会う予定があり、渋滞に巻き込まれる前に家に帰り着いておきたかったのだ。 明け方の国道はすれ違う車も少なく気持が良かった。昨夜の焚火の清々しさもまだ身体に染み渡っているようだった。 それにしても、焚火を眺めていると時間が経つのを忘れてしまうのはなぜなのだろう。同じように、川の流れを眺めていると時間が経つのを忘れてしまうのはなぜだろう。 最近、「流れる」ということをテーマに人と話をする機会があった。今回焚火をしたくなったのも、そのときの影響があったためだろう。 ヘラクレイストとか1 / f のゆらぎとかあるいは複雑系とか、それとはまた違う、より生命の実感の手応えとして「流れる」ということを捉えてみたい。火とか水とか土とか循環とか生とか死とか永遠とか瞬間とか時間とか……。 そう思うのだけれど、当然のことながらおそろしく深遠かつ精妙なテーマであって、そうおいそれと口にできるようなものでもない。 そんなことをぐつぐつと考えながら9時過ぎに無事家に帰り着いたのだけれど、ポストを開けた瞬間、一枚の写真に目が釘付けとなった。 森永純さんの写真展の案内状が届いていたのだ。 すげぇ、と思った。 これだこれだ、と思った。 葉書を手に勢い込んで家に入った。 食卓の上に置いてぐっと目を近づけてみた。 魂がぞくりと震えた。 ![]() ▲
by koikehidefumi
| 2009-01-18 11:16
一昨日の晩のことになるが、アラスカ在住の友人と新宿でタイ料理を食べた。 友人と言っても昨夏はじめてアラスカで出会って大変お世話になった方だ。 そこにもう一組現地で出会った日本人夫婦を交え、久々にグリーンカレーに舌鼓を打ちつつ、とても楽しいひとときを過ごすことができた。 ぼくのアラスカ滞在はほんの二週間ぐらいのものだから、あの広大な土地とそこに流れる時間のスケールからすれば、それはせいぜい入口あたりをウロウロしたに過ぎないだろう。 だが、だからなおのこと、在住者やほかの旅人の話を聞くと、彼らが眼にした情景がリアルに想像されてきて、胸がひどく疼いてしまう。 食後にはそれぞれの写真を見せていただいのだが、またこれがどちらも素晴らしいものだった。 在住者の写真からはそこに暮らす者の確かな息づかいが伝わってきたし、一方の日本人のご夫婦も、羨ましいことに車で四ケ月ほどもアラスカをまわられたとのことで、写真には静謐かつ威厳に満ちた南東アラスカの森の気配が張りつめていて、見ていて実に清々しい気持になった。 勝手ながらその森の写真を紹介させてもらっていいものかな? とてもセンスよく丁寧にまとまっていると思うので。 http://littlemore.bccks.jp/?more=2#B19997,N0 (紹介されることで何か問題があればお手数ですがご連絡のほどを) そう、アラスカと言えば、発売からもう一ケ月近くたってしまったけれど、現在書店に並んでいる雑誌「COYOTE」のアラスカ特集号も圧巻だ。 執筆陣をはじめ関係者おのおののアラスカへの想いが迸っていて、まさに圧倒されてしまう内容に仕上がっている。 そんなこんなで年末は写真家の赤阪さんをはじめ、新井編集長や絵描きの下田さんと毎週のようにお会いしていた気がするが、昨夏の旅においては、アラスカそのものに加えて、こうした人との関係性からも大いに刺激を与えてもらった気がする。 みなさま、今年も何卒よろしくお願いいたします。 そして日本で、あるいはアラスカで、またお会いできるのを楽しみにしています。 ![]() (☝ ぼくの写真もいくつか載せてもらっております) ▲
by koikehidefumi
| 2009-01-06 20:19
![]() 今年は年明けから天候にも恵まれて、とても清々しい気分で過ごすことができました。 不況やイスラエル空爆など目を覆いたくなる出来事も多いですが、冴え冴えと晴れ渡った青空を仰ぎ見ていると、気持が一度リセットされ、凛と澄み渡ってゆくのを覚えます。 もっとも明日から経済活動が本格化すれば、東京の空もまた少しずつ澱んでゆくのでしょうが。 たとえば16世紀のスペインのように、かつては世界に覇を唱えていたものの、いまは最前線からこぼれ落ちてしまった国というのがあります。ポルトガルやオランダなどもきっと同様でしょう。 しかし栄華が過去に過ぎ去ったとはいえ、いまもそこには、市井の人々のごくありふれた暮らしがしっかりと営まれているはずです。 経済が停滞しても、国際競争力が衰えても、人の生存が保証される社会システム。 あるいは価値意識。 巨大市場の力学に翻弄されるばかりではなく、視野を広げ、なんとかそうしたところに希望を見出してゆきたいと思っています。 ちなみに冒頭の写真は、かつてタイとマレーシアの国境付近の無人島に暮らしたときのもの。 空の蒼さと濃藍の海に不気味ささえ覚えながら、人間どこで何をしてでも生きてゆけるものだなぁ、と教えられた日々だったように思います。 ▲
by koikehidefumi
| 2009-01-04 14:50
| 論考!?
あけましておめでとうございます。 本日頂いた年賀状の中に、ブログやHPを楽しみにしているのに、という声が思いのほか多く見受けられました。 本当にありがたいことです。 ここ二ケ月ほど更新もせず、呆れたことに本人もほとんど忘れ去っていたわけですが、ここはひとつ気持ちも新たに、また少しずつ言葉を紡いでゆければと思います。 豚もおだてりゃ木に登る。そんな気配がなきにしもあらずですが、 なにはともあれ、本年もよろしくどうぞお願いいたします。 ![]() ▲
by koikehidefumi
| 2009-01-02 00:07
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